Musical Baton

marsmoon 姐さんから回ってきたので、本家でも一度書いたけどこちらで改めて。

果たして自分が意識して音楽を聞くようになったのが何時頃かと考えてみると、たぶん小学校の6年生くらいだと思う。それまでは4つ上の兄貴が聴いていたさだまさしとか (笑) を横で聴いていたくらいだったと思うのだが、ある日『すすめ!パイレーツ』の扉で KraftwerkMan Machine のジャケットのパロディーを見て、これは何だろうと思ったわけである。Man Machine

で、たぶんジャンプ巻末の漫画家の近況報告みたいなコーナーにアルバムタイトルが紹介されていて、それを学校の近所にあった貸しレコード屋で借りてきて、兄貴のステレオで聴いた。部屋中に音が飛び交い、文字通り腰を抜かしてしまった。この体験が全ての始まりだったのではないかと今になると思うわけだ。

中学に入ると病は進み、パンクや所謂ニューウエーブ、あるいは当時 Alternative とか Industrial と呼ばれていた音楽を聴くようになる。たとえば Throbbing Gristle20 Jazz Funk Greats20 Jazz Funk Greats とか。

で、Joy Division に出会ってオレの人生は決定されてしまった。辛気臭くて深刻な音楽が好きなのはこの頃からで、中学から高校にかけてやっていたバンドもそんな音楽ばっかり。高校生が音楽をやる動機なんて女の子にもてたいということが大半だと思うのだが、これでは当然モテルわけがない。オレの非モテ人生もここで決定されていたのだな (笑)。

だから、音楽を聴くことはオレの實存にかかわる問題であり、音楽でリラックスしたいなんて思ったことはない。結果としてリラックスしたり精神の安定がもたらせることはあるが、それはあくまで副次的なものだ。

というわけで本題。

1.Total volume of music files on my computer

あらためてチェックしてみたら 16.72GB。オレの持ってる 20GB iPod におさまるくらい。基本的に音楽をじっくり聴く時はメインのシステムなので、こっちに入ってるのはアニソンとかが多い (笑)。それでも、ある程度のシステムはデスクトップにも組んであるわけだから、仕事中の BGM としてはこっちで聴くことが多い。つうか、あくまで長距離通勤の友 iPod がメインなので、電車の中で聴く音楽が Mac に入ってるわけである。オレはコンピュータで音楽を聴くという行為自体について、かつて喧伝されたような新しさに意義を認めないので、結局アルバム単位で聴いちゃうんだけど。

2.The last CD I bought

Arvo Pärt: Te Deum.Arvo Part: Te Deum / Kaljuste, Estonian Philharmonic Chamber Choir

ペルト好きなのにこれを持っていなかったので最近買った。ECM だけに録音は最高。ペルトを聴くことは精神的格闘でもあるが、非常に心地いい格闘ができる。オレはここ数年かなりクラヲタが入ってきてるが、辛気臭くて深刻な音楽という好みは変わらないし、19世紀後半以降の音楽しか基本的に聴かない。近代、および現代の社会や文化の深層にある懊悩や、音楽家の個人的な救済 -- それが聴衆にとって救済たりうるかは全く別の問題だ -- を追体験することが、オレがクラシック音楽を聴くことである。

3.Song playing right now

石田耀子:Open Your Mind ~ちいさな羽根ひろげて~OPEN YOUR MIND~小さな羽根ひろげて~

偉そうなこと言っといていきなりアニソンかよ! しかしこれはマジで名曲。歌詞も曲もアレンジも歌唱も全て完璧。特に後半の「見えない羽根広げ(ほら追い風に乗って)」と畳みかけられる部分では鳥肌が立つ。この曲があったからこそ女神さまにはまったのである。

4.Five songs(tunes) I listen to a lot, or that mean a lot to me

曲、ということだけどアルバム単位もありで。

オレの人生を決定したアルバム。全てにおいて完璧。天才の苦悩と絶望。微妙にほの明るくさえ感じられる痛み。このアルバムを聴かない人間とは分かり合えないとすら思っている。

  • Arvo Pärt: Tabula Rasa. Tabula Rasa, etc / Kremer, Jarrett, Davies et al

ペルトといえばこれ。キース・ジャレットギドン・クレーメルという ECM でなければ出会えない天才のコラボレーション。あまりに完璧。タイトル曲でのシュニトケのプリペアード・ピアノも素晴らしい。

これはアシュケナージの旧盤の演奏が好きなのだが、ちっとも辛気臭くない音楽だな。いわば北欧メタルの元祖といえると思うのだがどうか。生で聴くと拳を振り上げそうになる。

  • G. Mahler: Symphony No.6 "Tragic". Sym 6 (Am)

マーラーではこれが一番好き。大音量で最終楽章を聴いてはいけません (笑)。

  • Television: Marquee Moon. Marquee Moon

これもオレの人生を変えたアルバムの一つ。ニューヨークの良質な部分が凝縮されている。ヴァーラインのようにギターを弾きたいと願いつつ幾星霜。

5.Five people to whom I'm passing the baton

5人ねえ。こういうものを回して乗ってくれそうな人が思いつかないからパス。失礼。

iTunes のプレイリストを他ノードに公開できてしまうバージョンが存在した時に、音楽を聴くというパーソナルな行為はそのパーソナルさのかなりの部分を喪失し、逆にソーシャルなアイコンとして音楽の趣味が機能し始めたと認識しているが、オレの音楽の聞き方はオーディオマニアとしては全くの邪道だと思う。オーディオマニアたるもの、中身がどれほど下らなくてもオーディオ的に意味があればそれをリファレンスとして聴かなければならない。だからオーディオマニアにはスカスカの女性ヴォーカルものなどを聴く人が多いのだが、そのような音楽的素養のなさを公言してしまうこともオーディオマニアの社会的アイコンであるといえる。オレみたいなギター弾き崩れはオーディオマニアであってはいけない。どうでもいいような音源について、レトリックを尽くしてその音質を表現することがオーディオマニアの言説の本質であって、オレのこの blog はそういう意味でオーディオマニア諸兄にとって有意義なものたりえないのである。