316A シングル

 先日大型多極管ユニヴァーサルアンプを作ったばかりなのだが、あれにどうも納得がいかない。どうも美味しくないのは、やっぱり傍熱多極管であることも理由の一つかもしれないと思い、ありあわせの部品で直熱三極管アンプを作って自分の感覚を再認識することにしてみた。

 そこで選んだのが 316A である。Western Electric がレーダーやトランスポンダ用に開発した「ドアノブ管」であり、そのユニークな形と、トリエーテッド・タングステンのフィラメントや30Wもプレート損失が許容されることからいっときちょっとだけ流行した。山本音響から製品化されたアンプもあった。俺も形が可愛いのでいくつか買って死蔵していたわけだ。

 幸いなことに安価なソケットも売られているのでプロジェクトに取り掛かるのは容易である。トランス類は解体したアンプからの流用で、背の低い出力トランスなので 316A とのバランスもよい。316A のデータを見ると、動作点こそグリッドはマイナスだが、プラスの領域まで振らないとろくな出力が見込めないので、いつものようにカソードチョークドライブで、軽めの動作で 7W くらいを目標とした。

 設計上の問題として大きいのは 2V3.65A というフィラメントの電力をどう作るかで、電源トランスの旧ノグチ PMC-170M の 2.5V タップを出川式 SBD ブリッジで整流して 2.1V が得られた。電源トランスはかなり熱くなるが、唸ったりはしていないので大丈夫っぽい。単純計算で、巻線は 6.3V3A だから2.5V なら7.56Aまでいけることになり、ブリッジ整流しても直流 3.65A はまかなえるはずという目論見による。ただしブリッジダイオードが SBD でないとドロップ電圧が大きすぎる点には注意が必要だった。

 そんなこんなで設計した回路がこちら。

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 前段にロクタル管を持ってきたのは、316A を使った送信機の写真でロクタル管が使われているのを見た記憶があったからで、定番の UHF 五極管の 717A はあえて避けた。初段の 7W7 は 6AC7、カソードフォロワ段の 7N7 は 6SN7 相当である。出力段の動作点は Ep=380V、Ip=54mA くらいなのでプレート損失は 20W ほどと余裕のある条件にしている。

 そしてこのようなものができた。

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 全体に低く構えてまとまったルックスになったのではないか。316A のフィラメントはとても明るく、またこの程度の動作でもプレートが赤熱する。

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 測定してみると、THD=5% で  8W までいける。11W くらいまでで完全に頭打ちになるが、20W のプレート損失から取り出せる出力としてはかなり大きい。出力トランスも小さいながらインダクタンスが大きいので 10Hz までほとんど減衰せず、上も 70kHz くらいまで多少の波はあるが問題なく出る。誤算だったのは初段の 7W7 の利得が思ったよりも低く、全体の利得が NFB をかけた状態で 24dB ほどにとどまった点である。もう少し負帰還を減らすかはダンピングファクタとの相談になるので今後の課題とする。またハムバランサに非常に敏感に反応するので、ノイズレベルを追い込むのがちょっと面倒。最終的に残留ノイズは余裕で 1mV を切り、能率 95dB の FE208-sol に耳をくっつけないとノイズが聞こえない程度にはなった。

 音質はというと、非常にノリの良い楽しい音である。数字ではよく伸びている高音だが、実際に音を聴くと中低域の充実のほうが先に立つ。直熱三極管が好きなのはこういうところで、フィクショナルなリアリズムというか、クールに取り澄まさないのがよい。アンプ自体がかなり熱くなるので長時間の連続運転は避けたほうがいいと判断してまだあまり多くの音楽を聴いてはいないが、ローコストかつ短時間で作った割にはいい感じである。

 ホームオーディオにおける直熱三極管の親玉はやはり 845 などの 100W クラスの球になるだろう(たとえば 3CX2500 でオーディオアンプを作るやつはまずいない)が、俺も 805 は持っているので、いつか形にしたいものである。やはりトリタンはいい。